石都々古和氣神社(福島県)

<スポンサードリンク>

阿武隈山系の南部、阿武隈川の東岸にある水晶やザクロ石などの産地として日本三大鉱石産地のひとつに数えられている福島県石川郡石川町に、陸奥国の一の宮である「石都々古和氣神社」(いわつつこわけじんじゃ)は鎮座されています。

石川町の曲木は、平安中期の女流歌人として有名な和泉式部が生誕した地と伝えられており、和泉式部が産湯に使ったとされる小和清水は、子宝・子育ての名水として、福島県の名水30選にも選ばれています。

周囲には、母畑、猫啼、片倉などといった温泉地が点在しており、いずれもラジウム含有量が豊富なことで知られている名湯があります。

町役場の裏手にそびえ立つ八幡山は、かつてこの地を支配した石川氏の山城だった三芦城(みよしじょう)があった場所で、その山上の本丸跡に「石都々古和氣神社」は鎮座しています。

古より祭祀を行っていたとされるこの地の社に、石川有光が「石清水八幡宮」の神霊を配祀したといわれています。

町役場の隣に鳥居があり、そこから参道、石段が続いており、その境内に至る長い石段の脇には、多数の大きな磐座が点在し、見る者を圧倒しています。

 

【由緒】
「石都々古和氣神社」は、石川町の中央にある、通称八幡山に鎮座されており、古代より山岳信仰の場として八幡山そのもの、そして参道の脇に点在している磐座の巨石が信仰の対象として、崇敬を集めていたとされています。

「延喜式神名帳」には、白河郡七座のひとつに数えられている古社で、陸奥国の一の宮にも数えられています。

江戸時代には「石都八幡宮」と呼ばれていたと伝わっており、福島県棚倉町の「都都古和気神社」は、元々一つだったという話もあり、「石都々古和氣神社」と棚倉町の「都都古和気神社」、福島県古殿町の「伊波止和気神社」で近津三社にするという説もあります。

また、この地方の伝承によると、「石都々古和氣神社」の創祀は、飛鳥時代に藤原氏の祖である藤原鎌足が「味鋤高彦根命」を「筒子山」に祀ったことが始まりとされ、延暦年代に福田利人あ祠を建てて「味鋤高彦根命」を祀り、康平5年(1062年)に初代福田安芸守有光(初代石川有光)が八幡山に三芦城を築き、「石都々古和氣神社」を今の場所から400mほど東の位置に遷座し、治暦2年(1066年)に陸奥国平定の際に源頼義が勧請した源氏の氏神である京都の「石清水八幡宮」の御分霊を合祀したといわれています。

 

【ご祭神】
味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)-大国主命の御子神
大国主命(おおくにぬしのみこと)
誉田別命(ほんだわけのみこと)-応神天皇

 

【主な行事】
例大祭-9月第3土~月曜日

 

【石都々古和氣神社ホームページ】
http://www13.plala.or.jp/seihuukan/

 

<スポンサードリンク>

コメントを残す