都農神社(宮崎県)

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宮崎市から北へ向かった先の宮崎平野北端に標高1405mの尾鈴山がそびえ立っており、その尾鈴山の東に広がる裾野の日向灘に接した都農町に日向国の一の宮である「都農神社」(つのじんじゃ)が鎮座されています。

この辺りには、その昔尾鈴山から山の神が白馬に乗って「都農神社」や都農の浜に降りてこられたとき、馬の首の鈴が空に鳴り響いたので、「お鈴さま」とよんだという伝説が残っています。

 

「都農神社」の境内は広大で、周囲は一の宮公園となっており、深い杉の森に包まれたとても清清しい空気に満ち溢れています。

 

「都農神社」の社殿は、大友氏と島津氏との争いにより焼失し、高鍋藩の藩主秋月氏によって再建されていますが、今の社殿は平成19年に新しく建て替えられており、本殿は一間社流造、拝殿は入母屋造の立派な社殿が建てられています。

 

秋月氏が創建した社殿は、移築されて末社である「熊野神社」の本殿となっています。

 

「都農神社」の広い境内には、西神苑、東神苑、竹柏亭(茶室)などがあり、さらに神木である夫婦楠(相生の楠ともよばれるが今は1本は枯れて根元のみ残っています)があり、見どころがたくさんある神社です。

 

 

【由緒】

創建は即位前の神武天皇が宮崎の宮を発し東征の折、この地に立ち寄り、国土平安、会場平穏、武運長久を祈念し、ご祭神をお祀りされたのが始まりと伝えられてます。

 

旧記によると、日向国の第一の大社だったが、天正年間における島津氏と大友氏の争乱の際に大友氏の兵火によって社殿、宝物、古文書などを焼失しましたが、御神体は尾鈴山麓に鎮座している神社に避難されて難を逃れることができました。

 

争乱後はしばらくの間、社殿の再興もなく小さな祠があるのみであったが、元禄5年に高鍋藩の藩主秋月種政公が再興し、安政6年には篤志家の社殿の寄進などもありました。

 

その後、老朽化に伴い平成19年に今の社殿が竣成されました。

 

 

【ご祭神】

大己貴命(おおなむちのみこと)-大国主命

 

 

【主な行事】

夏祭(御神幸祭)-8月1日、2日

冬祭(例大祭)-12月4日、5日

 

 

【都農神社ホームページ】

http://www1.bbiq.jp/tunojinjya/

 

 

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