住吉神社(山口県)

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大倭豊秋津島(おほやまととよあきつしま)の西端、つまり本州の西の端、周防灘と響灘、関門海峡と三方を海に囲まれている要衝の地である山口県下関市に長門国の一の宮である「住吉神社」は鎮座されています。

「住吉神社」は、日本海の響灘へとそそぐ綾羅木川(あやらぎがわ)の河口から、東へ約4kmほどの距離に鎮座され、またJR山陽新幹線、JR山陽本線の新下関駅から、南東方向へ約20分程度歩くと、鬱蒼とした杜に囲まれた「住吉神社」が見えてきます。

 

境内には「武内宿禰命」(たけのうちすくねのみこと)が植えたと伝えられている樹齢1800年ともいわれている大楠があります。

 

下関市の長府地区は、聖武天皇の御代に長門国の国府が置かれていたという歴史があり、さらに江戸時代には毛利氏の支藩の城が築かれており、城下町だったことを思わせる町並みを見ることができます。

 

本殿は、応安3年(1370年)に大内氏の中興の祖である大内弘世(おおう ちひろよ)が再建したもので、室町時代初期の神社建築様式を残している貴重な建築物で、九間社流造という5つの社を4つの相の間で連結している独特の様式で国宝に指定されています。

 

拝殿も天文8年(1539年)に毛利元就(もうり もとなり)が寄進したもので、重要文化財に指定されています。

 

歴史深く独特で荘厳な社殿は、背にした緑深い社葬と相まって、壮麗さのなかにも落ち着いた神気を感じさせられ、参拝に訪れた人々の心に感動と感謝の念を湧き起こさせてくれます。

 

 

【由緒】

ご祭神である「住吉大神」(すみよしのおおかみ)は、「伊弉諾尊」(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻られ、穢れを清められた際に出現された神様で、「日本書紀 神功皇后紀」によると、「神功皇后」が三韓征伐で新羅国などへ外征するときに、「住吉大神」が「吾 和魂(にぎみたま)は王身(みついで)に服いて寿命を守り、荒魂(あらみたま)は先鋒となりて師船(みいくさ)を導かん」とご神託があり、神様の助けをいただき見事に戦勝され帰途につくと、再び「住吉大神」が「我が荒魂を穴門(長門)の山田邑に祀れ」とご神託され、「神功皇后」がこの地に祠を建てて、「住吉大神」の荒魂を祀ったのが、「住吉神社」の始まりとされています。

 

創建のいわれから軍事と海上交通の神様として篤い信仰を集め、源頼朝えお始めとする歴代将軍からの寄進や大内氏、毛利氏などの戦国武将からの崇敬を受けています。

 

 

【ご祭神】

「住吉大神」(すみよしのおおかみ)-第一殿

表筒雄命(うわつつのおのみこと)

中筒雄命(なかつつのおのみこと)

底筒雄命(そこつつのおのみこと)

 

 

応神天皇(おうじんてんのう)-第二殿

武内宿禰命(たけのうちすくねのみこと)-第三殿

神功皇后(じんぐうこうごう)-第四殿

建御名方命(たけみなかたのみこと)-第五殿(大国主命の御子神)

 

 

【主な行事】

大粥小粥祭-1月15日

歩射祭-1月16日

和布刈祭(めかり)-旧暦1月1日

御田植祭-5月第3日曜日

虫除祭-7月土用の日

秋季大祭、神幸式-9月23日

河渡祭(かわたり)-12月1日

御齋祭(おいみ)-12月8日~14日

 

 

【住吉神社ホームページ】

http://www.tip.ne.jp/sumiyosi/

 

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